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オウム真理教とは何だったのか「一体オウムは何をしたかったのか」

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世界を震撼とさせたオウム真理教の活動。一体オウムは何をしたかったのかということについてまとめました。

オウム真理教とは
オウム真理教(オウムしんりきょう、AUM Shinrikyo)は、かつて存在した日本の(新興)宗教団体。「オウム(AUM)」とは、サンスクリットの呪文「唵」のことである。

1996年(平成8年)1月に宗教法人としての法人格を失ったが活動を継続。2000年(平成12年)2月には破産に伴い消滅した。同時に、新たな宗教団体アレフが設立され、教義や信者の一部が引き継がれた。アレフは後にAlephと改称され、また別の宗教団体ひかりの輪が分派した。

日本の政府機関である「警察庁」は、松本サリン事件、地下鉄サリン事件などの多くの反社会的活動(「オウム真理教事件」)を行った、と主張している

尊師麻原彰晃
麻原 彰晃(あさはら しょうこう、本名:松本 智津夫(まつもと ちづお)、1955年(昭和30年)3月2日 - )は、日本の宗教家、宗教団体オウム真理教(現Aleph)の元代表、教祖であり、日本の国家転覆を企て、一連の事件による確定死刑囚。日本で唯一の「最終解脱者」を自称していた

著書では「真理の御魂 最聖 麻原彰晃尊師」名義を用いていた。宗教団体オウム真理教の信者からは尊師、もしくは本来ヒンドゥー教の導師を指すグルと呼ばれ、崇拝の対象となっていた。宗教団体Alephでは、尊師・グルの呼称の使用及び、写真・イラスト・その他その肖像を表したものを団体施設の祭壇及び個人所有の祭壇に備え付けることを禁じたが、2011年に入り、麻原の「生誕祭」や肖像の掲示を公然と行うようになっている[2]。

教団は日本支配を画策しており、その憲法草案の中では神聖法皇と呼称されていた。また、神や死者の声が聞こえる霊能者であるとも自称していた[要出典]

教義
オウム真理教の「五つの柱」として、以下の点が挙げられており、「実践宗教」であることが強調されている。

最終地点まで導くグル(霊的指導者)の存在
無常に基づく正しい教義
その教義を実体験できる修行法
その教義を実際に実践して修行を進めている先達の修行者の存在
修行を進めるためのイニシエーションの存在

拠点サティアン
オウム真理教の教団拠点があった「富士ケ嶺」(旧上九一色村)を中心として点在していた。旧上九一色村だけでなく鳴沢村や静岡県富士宮市などにも存在した。

富士ケ嶺周辺は最盛期ではサティアンやその他倉庫群、プレハブなどが30棟以上点在しており、事実上の拠点であった。[1] 麻原の逮捕以降、1996年までにサリンプラントがあった第7サティアンを除く全てのサティアンが閉鎖され、取り壊された。また第7サティアンは化学兵器禁止機関の査察対象となったため、1998年9月まで残っていた。「サティアン」の名前はのちに、オウム真理教の経営する店(サティアンショップ)に用いられた。逮捕されるまで、麻原本人は第6サティアンの隠し部屋で生活していた。

衆議院選挙に出馬
真理党(しんりとう)は、1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙の時、オウム真理教の教祖・麻原彰晃(松本智津夫)が党首となり結成された政治団体。1989年(平成元年)8月16日に東京都選挙管理委員会に政治団体設立を届出。麻原や教団幹部ら25名を擁立し、確認団体となったが、全員落選。供託金はすべて没収された。

当時の東京4区(東京都渋谷区・中野区・杉並区)から出馬した麻原の選挙活動は異質であった。麻原の等身大マスコットや象の着ぐるみが登場し、白いコスチュームを着た女性信者達のダンス、更には麻原本人による「彰晃マーチ」や「魔を祓う尊師の歌」といったオウムソングの熱唱など派手なパフォーマンスや、他党の候補者を妨害するような選挙活動をした。しかし、他の選挙区から出馬していた真理党の候補者は、選挙公報と政見放送、公設の掲示板に掲示するポスター以外の選挙活動を一切しなかった。

選挙公約
消費税廃止
医療改革
教育改革
福祉推進
国民投票制度導入の構想

 

日本シャンバラ化計画
日本シャンバラ化計画(にほんシャンバラかけいかく)は、オウム真理教が日本で樹立しようとしていた祭政一致の専制国家構想。

国家の形態
「シヴァ大神の化身」で、「大宇宙の聖法の具現者」たる麻原彰晃が「神聖法皇」として全権を掌握する、政教一致の絶対君主制国家である。

皇室の廃絶
オウム国家樹立に伴い、神道を基盤におく皇室は当然の如く廃止され、新たに「葛城」等の姓を与えて「民籍人」とするか、またはポア(=抹殺)する。代わって麻原一族が「皇族」となる(既に自身の長男・次男に「皇子」なる称号を授与していた)。

議会制度の廃絶
議会は各々の国民の価値観が異なっていることを前提としており、「一億総オウム」化したオウム国家では不適当な制度である。また、「大宇宙の聖法」に基づく神政政治を行うので、議会制民主主義は必要ではない。

特権階級の創設
オウム国家では、特権階級として新たに「僧籍人」を設ける。「僧籍人」とは要するにオウム真理教信者であり、それ以外の国民は「民籍人」とされ、僧籍人よりも下位の身分とされる。民籍人には、数多くの義務が課せられる。

国号の変更
日本」という国名は、天皇と密接に繋がっており、オウム国家を表すものとしては相応しくない。よって以下の国号に変更するのが望ましい。

真理国
オウム国
神聖真理国
太陽寂静国

首都の変更
東京に代わって、富士山麓に新首都を建設する。新首都の名称は、「富士神都」「富士法都」「賢聖都」のいずれかとし、「神聖法皇」の住まいとして「法皇居」を設ける。

国家転覆計画
麻原は「1997年、私は日本の王になる。2003年までに世界の大部分はオウム真理教の勢力になる。真理に仇なす者はできるだけ早くポア(殺害)しなければならない」と説法し、日本国を武力で打倒して「オウム国家」を建設し、更には世界征服をも念頭に置いている旨を明らかにした。

「11月戦争」計画によると、1995年11月の国会開院式に乗じて、教団所有の軍用ヘリコプターを使って東京上空からサリンを散布、天皇・閣僚・国会議員を含む東京都民を大量殺戮する。教団のヘリは、その後短期間のうちに全国を飛び回り、日本各地の主要都市にもサリンを散布する。そして日本の混乱に乗じて、国家機能が消滅した首都圏を自動小銃や爆発物で武装した白い愛の戦士たちが制圧し、新政府を樹立する。新政府は日本国の意思として米・露・朝の各軍隊による核戦争を誘発させる。その間、教団はサティアンに造られた屋内退避シェルターに篭り、核戦争終結後に日本を統治するというものであった。

修行
パーフェクト・サーベイション・イニシエーション(PSI)
ヘッドギアの内側に電流を通す粘着性の物質が塗布され、数ボルトの電流がそこから脳を刺激し、麻原の脳波を直接伝えるというもの。LSDと同時に使用されることもあった

クンバカ
息を数分間止める修行。水の中に潜る「水中クンバカ」やその変形「水中エアータイトサマディ」などがある

アンダーグラウンド・サマディ
土中のコンテナで何日間も瞑想する修行。チベット仏教の聖者がサマディとよばれる一種の仮死状態になって何十日も瞑想修行をしたという話に因み、土中のコンテナ内の酸素がなくなる時間を過ぎても瞑想を続け、無事に生還することで成就の証明とした。

 

愛のイニシエーション
麻原彰晃のDNAを抽出した液体を飲むイニシエーション

キリストのイニシエーション
LSDをサットヴァレモンに混ぜた液体を飲むイニシエーション[5]。LSDの幻覚作用で手取り早く神秘体験を体験させるために用いられた

ニューナルコのイニシエーション
電気ショックを与えることで記憶を消失させるイニシエーション。

血のイニシエーション
1988年3月から行われた、麻原の血液入りの液体を飲むイニシエーション[9]。100万円以上の布施で受けることができた

北朝鮮とのつながり
オウムは北朝鮮とつながりがあったという説もあります

北朝鮮の対日工作グループが日本国内の友好関係にあるメンバーを通じ、オウム真理教に資金とサリン製造のノウハウを伝授したと考えられないだろうか。オウムを隠れ蓑にして、毒ガス兵器や自動小銃を大量生産し、日本国内に備蓄する。AK74は、北朝鮮軍の制式使用銃と同じ弾丸を使っているから都合がいい。

北朝鮮の指導と援助があったからこそ、オウムは死者30人、重軽傷者6000人以上を出す凶悪テロリスト集団になったのだ。幸いにして不発で済んだが、東京都上空におけるサリン散布を計画して、軍事ヘリコプターまで購入していた。そんな本格的な兵器を仕入れる宗教団体などあってたまるか。あいつらが北朝鮮 軍下の非正規軍だったのは、公然の事実だ。

オウムの資金集め

中川死刑囚は、「(仮谷さん事件の)少し前に、(人気、本命の)馬の目にレーザーを当てて走れなくさせて、大穴を当てて大金を稼ごうとという計画を、麻原氏(松本智津夫死刑囚)と村井(秀夫科学技術省大臣)さんが立てた」と話した。

マハーポーシャとは、かつてオウム真理教の関連会社が経営していた、PC/AT互換機の自社組立てパソコン、いわゆる「ホワイトボックスパソコン」を販売していた店舗およびそのショップブランドの名称である。

他のショップブランドのホワイトボックスパソコンと同様に、台湾・中華人民共和国などから部品を輸入して組み立てる手法であったが、信者が修行の名目で無報酬で組み立てていたので人件費が極端に安かった(このスタイルはラーメン店でも行われていた)。そのため、他店よりも割安であるにもかかわらず営業利益は大きく、これらがオウムの資金源の1つになったと言われる。

地下鉄サリン事件

麻原ら幹部を乗せたリムジンにおいてサリンを散布する案が浮上し、強制捜査の直前に大規模なテロ事件を起こせば、警察の捜査の目を逸らすことができ、強制捜査もなくなると考え、朝の通勤時間帯で混雑する地下鉄内でのサリンの散布を信者達に命じた

霞が関や国会議事堂・永田町などの、国家の中核を支える重要な地点が標的にされた。後の調べによると、オウム真理教教団は、地下鉄で通勤してくる警察官が多い警視庁本庁も間接的に攻撃できると考えていたようである。

1995年(平成7年)3月20日午前8時ごろ、東京都内の帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄(東京メトロ)、以下営団地下鉄)丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、乗客や駅員ら13人[注 1]が死亡、負傷者数は約6,300人とされる。

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